最近、脳が病んでいるのか難解な書籍を購入して地道に読んでいる。まず1冊は龍樹が著した「中論」。仏教の本質的論理を習得すればモヤモヤが晴れるかなぁと思い手にとってみたのだが、逆に深みに嵌っているような感じで逆効果だったかもしれない。「空」と「仮」、そして「中観」。解説文を理解しながらゆっくりと1ページずつ読んでいる。哲学、物理学、数学の範疇なのかもしれないなぁ。そもそもこれらの学問、宗教も含めて本質に流れているものは言語である。哲学や宗教では言語を「コトバ」「文法」と置くかもしれないが、数学では「数字」「数式」と解く。世界には数多くの言語が溢れ、各地域によってその言語が用いられているが、その「コトバ」によって理解する自身の脳・感覚は全人類共通である。つまり、言語というのは考えた事象、感じた思いを相手に理解してもらうためのツールであり、それ以上でもそれ以下でもない。数学的な側面からとらえると、言語の本質は数字の羅列と考える。1,2,3…これらの考え方は全世界共通であり、1+1=2という「+」の概念も共通である。数学ではこれらを「関数」と呼ぶ。つまり、数字と関数の概念から言語が生まれているということである。専門家ではないので上手に表現できないが、なんとなく理解できた。仏教でいうところの「空」は、数学的にいうと「0(ゼロ)」という概念である。ではゼロは「有る」のか「無い」のか…。抽象的に現せば「有るわけでもなく、無いわけでもない」という表現になるのだろうか。
数学的にいうと「1と1の間に関数-(引く)を挿入した計算」、つまり「0(ゼロ)=1-1」というこである。ここの概念のところを「中論」が解説しているという感じだろうか。コンデションの良いときに読まないと、なかなか理解できないゾ。
で、2冊目はさらに難解になり「ブッダと龍樹の論理学」。ブッダの理論と、龍樹の論理の整合性について解説している書籍である。西洋哲学者たちからは論理的矛盾や両者の理論の不整合性を指摘する声があるらしく、それを論理学的に整合性を実証していくというものであるが、なかなかページが進まない。読んでいるとだんだん分からなくなってきてしまうゾ。間違っても酒を飲みながら読む書物ではない。悪酔いしてしまうよ。
テーマ : 雑記 - ジャンル : 日記
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